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東京高等裁判所 昭和60年(く)77号 決定 1985年4月11日

主文

被告人Xの本件抗告を棄却する。

被告人Yに対する原決定を取り消す。

理由

本件各抗告の趣意は、右弁護人三名共同作成名義の各抗告申立書記載のとおりであって、各原決定を取り消して被告人らに保釈を許可されたいというのであるから、これらを引用する。

右に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一  本件の審理経過等

本件の本案審理は、原審第五回公判から合議体に移行しているのであるが、その前後を通じ、各被告人につきそれぞれ一一回に亘り保釈の請求がなされ、単独裁判官により一回(第四回公判後)、合議体裁判所により二回(第七回公判後及び第一一回公判後)、各被告人の保釈を許可する裁判がなされているところ、いずれも検察官の抗告申立により、抗告裁判所において原裁判が取り消され、保釈請求が却下された経過が記録上明らかである。

ところで、本件各公訴事実の要旨は、(一)被告人Xにおいて、①昭和五三年八月二九日午後六時三〇分ころから翌三〇日午前八時ころまでの間、東京都多摩市内の駐車場において、A所有の普通乗用自動車一台を窃取し、②同五八年一〇月二一日午前七時ころ、松戸市内のマンションP号室玄関付近において、捜索差押許可状に基づき同室を捜索しようとした千葉県警察本部の司法警察員警部Eに対し、その腹部等に二回体当りする暴行を加え、もって同警部の職務の執行を妨害し、(二)同Yにおいて、③右日時場所において、捜索差押許可状に基づき同室を捜索しようとした同警察本部の司法警察員警部Fに対し、その胸部に二回体当りする暴行を加え、もって同警部の職務の執行を妨害したというのであるところ、被告人らは、本件起訴は被告人らの反戦等の闘争を弾圧する目的による捏造事件であるとして、公判冒頭より本件公訴提起の効力及び各公訴事実に沿う事実の存在を徹底的に争って来たものであって、これがため、公判開廷回数一五回に及ぶ現時点においても、(一)右①の窃盗事実に関しては、検察官請求にかかる甲号証八通については全部不同意、甲号証に代る証人A(被害者)、同B、同C(いずれも、本件犯行と被告人との結び付きに関する重要証人)についても、決定未了であるため、検察官側の主立証は何らなされておらず、(二)右②③の各公務執行妨害事実に関し、検察官請求にかかる証人D及び同人作成の検証調書一通並びに証人E(右②の事実)、同F(右③の事実)の取調べを了し、捜索差押許可状謄本一通(弁護人は不同意の意見を述べているが、その立証趣旨に鑑み、非供述証拠であることが明らかであって、その取調べには被告人の同意を要しない。)の取調べを残すのみで検察官の主立証を終り、ようやく被告人側の反証に入る段階に達したに過ぎないことが認められる。

二  刑訴法八九条四号所定の事由(罪証隠滅の虞)の存在

本件における本案審理の右の如き進捗状況に、屡次の抗告審決定も指摘するように本件は組織的背景を有する事案であること、被告人らの犯行否認の態度の極めて強固であることを併せ考慮すれば、被告人らが相互に通謀し、あるいは関係者に働らきかけるなどして罪証を隠滅する虞のあることは明らかである。ことに、(一)前記①の窃盗事実に関しては、いまだ検察官の主立証にすら入っていないところ、検察官の冒頭陳述によっても、犯行の直接の目撃者はないことが窺われ、被告人Xが窃盗本犯あるいは賍物犯人であることを推認する手掛りとなる被害車両運転の事実あるいはその犯情に関係する被害車両の改造事実についても、反対証拠を作出するなどの罪証隠滅の虞は大であり、また、(二)前記②、③の各公務執行妨害事実についても、現行犯の事案であり、現認警察官の取調べを終っているとはいえ、警察官突入時の状況の争われている本件にあっては、反証段階における反対証拠作出の可能性が失われたものとは認められない。従って、被告人両名につき、刑訴法八九条四号所定の事由があるものと認めた各原決定の判断は、いずれも相当である。

三  刑訴法八九条六号所定の事由(住居不明)の存在

前記②、③の各犯行当時被告人らが現在していたマンションP号室が中核派の秘密軍事アジトであって住居と認められないものであるか否かはさて措き、被告人らは、現に同所を引き払っているのであるから、現時点においてこれを住居と認め得ないことは明らかであり、他方、被告人らが第一回公判期日において住居として申し立てている場所(被告人Xの実姉方、同Yの実母方)は、裁判所が保釈を許可するに当たり制限住居として適当と認めるか否かは別論として、少くとも最近において被告人らが居住した実績のないことは明らかであるから、これらを住居と認めるに由ないところである。他に被告人らの住居と目すべきものはないから、被告人両名につき、刑訴法八九条六号所定の事由があるものとした各原決定の判断も亦相当というべきである。

四  刑訴法九一条一項所定の事由(不当に長い拘禁)の不存在

所論は、被告人両名は、昭和五八年一〇月二一日の逮捕(勾留は同月二四日)以来一年六か月に近い身柄の拘束を受けており(但し、被告人Yについては、同年一一月一日から同月一七日までの逮捕、勾留は、起訴されていない道路運送車両法違反の被疑事実によるものであることが記録上明らかである。)、本件の罪質、性格に鑑み、勾留による拘禁が不当に長くなったものであることは明らかであるから、直ちに保釈を認めるべきであると主張する。しかし、勾留による拘禁が「不当に」長くなったというためには、単に物理的時間経過の長短によることなく、被告人らの責に帰すべき事由に基づく審理期間の伸長の有無等、諸般の事情に照らし、規範的に判断すべきことは論をまたないところであって、かかる規準に従い、本件公判審理の全経過を具さに検討して見ると、本件の具体的事情の下においては、被告人らに対する勾留による拘禁がいまだ不当に長くなったものとは認められないから、所論は採用の限りでない。

五  刑訴法九〇条による保釈の適否

叙上縷説のとおり、本件においては、被告人両名につき、刑訴法八九条四号、六号所定の事由が認められ、また、同法九一条一項による保釈を認めるべき余地もない。

そこで、進んで被告人両名に対する原決定が、裁量による保釈を認めることも相当でないとしている判断の当否につき検討すると、(一)被告人Xについては、前示のとおり、重い窃盗罪に関する検察官の主立証にも入っておらず、罪証隠滅の虞が高度と認められることに照らし、裁量保釈を不相当とした原決定の判断は適切であり、従って、同被告人の保釈請求を却下した原決定は相当と認められるが、(二)被告人Yについては、同被告人に対する公訴事実は前記③の公務執行妨害事実のみであって、かつ、これにつき検察官側の主立証が略々終了し、被告人側の反証を迎える段階にあること、相被告人Xと共同審理を受けており、前記②、③の各公務執行妨害事実は、同一の機会における一連の犯行であって、攻撃防禦手段に共通性が認められること、相被告人Xについては、前記①の窃盗事実があり、従前の訴訟経過に照らすとその審理に相当長期を要することが予想され、被告人Yは、その間自己の刑責に関係のない審理のために身柄の拘束を受けることになること等の諸事情が認められ、これらを総合勘案すると、この際、同被告人に対しては裁量による保釈を許すことが相当と認められるから、これと異なる判断に出た原決定は取消しを免れない。

よって、被告人Xの本件抗告は理由がないから、刑訴法四二六条一項によりこれを棄却すべきものとし、同Yの本件抗告は結局において理由があることに帰するから、同条二項前段により同被告人に対する原決定を取り消し、同項後段により同被告人の保釈請求につき別途必要な裁判をすることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 龍岡資晃)

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